自動翻訳機があったら英語を話せなくても大丈夫?
自動翻訳で「英語ができる」ようにはならない
辞書を持っていれば、英会話ができるわけではありません。同様に「自動翻訳機能があれば英語力がいらない」ということにもなりません。
人として「何を伝えたいか」は、個人の問題となります。辞書や自動翻訳機能は道具すぎません。だから、それを使って「何を、どのように伝えるか」が大事となってきます。
身振り手振りも入る会話は、言葉以外のヒントがいろいろとあって、実はかなりいい加減でも通じてしまいます。それに対して自動翻訳機は、どうしても一対一の会話のような親密性は出せず、通訳をはさんだような間接的なやり取りになってしまいます。
翻訳機能はかなり上がってきていますが、不自然な文章は、ネイティブからみるとすぐわかってしまいます。
なので、
「自動翻訳機があれば、人間が英語を勉強する必要はない」ではなく、「自動翻訳機をうまく使って、クオリティ高く英語で表現する」となります。
今後の人間とAIの付き合い方を考える上でも、人間が生み出したAIをいかに使いこなすかが焦点となってくるでしょう。
なぜ英語を身につけるのか
「今後なくなる職業」というのが話題になっていましたが、将来的に、人間が対応しなくてもいい仕事はAIがやることになり、職業として消滅していくでしょう。翻訳の仕事も、将来的にAIがやる仕事のひとつとして挙げられていました。
ですから自動翻訳機が完全に実用化されたとしても、英語というツールをうまく使いこなせるだけの知識が必要ですし、そもそも「何を伝えるか」が重要となってきます。
どのような英語を使って、何を自分が伝えたいのかというのを自分自身で判断しなくてはいけなくなります。
ということは、自動翻訳機を使っても、それが、「英語を使える」とイコールになるわけではないということです。
「英語を学ぶ」と「自動翻訳機を使いこなす」は違います。どう使いこなすかで、自分自身の英語力を向上させることも可能ですが、ただ単に機械やアプリを使うのが早くなるだけなのではないでしょうか?
なぜなら、
私たちが英語を身につけたい理由は、世界中の人たちと「生身のコミュニケーションを取りたいから」です。
自動翻訳機を使っても、それだけでは何か物足りないですよね。
人はやはり生身の人間として、一対一のやり取りをしたいものなのです。時には泣くこともあるし、笑うこともあります。相手と喜怒哀楽を分かち合うことが、人とコミュニケーションを取る醍醐味なんです。
そのために、私たち自身の言葉が大切となってきます。言葉を身につけることの理由には、そもそも「人間とは何か」「なぜ人は言葉を話すのか」という壮大なテーマが潜んでいるのではないかと思うのです。
参考文献:英語、苦手かも…と思ったときに読む本 デイビッド・セイン 河出書房新社